はっきりした人間にならなくて良い!

LIFE

こんにちは!プロテイン大好きなべっちです! 今日は考え方のプロテインです!

「はっきりしない人だな」や「はっきりしてよ!」なんて言われる時は、責めらているような時だ。

結論

意見を変えないような頑固さが「浅さ」であり
簡単に物事を決めず、変えることができる柔軟性こそが、「深さ」
はっきりしない人間になろうとするぐらいで良い!

はっきりして欲しいと理由を求めるのは駄々を捏ねている

子供がぐずった時に大人は、理由を求めるが、確固たる理由などなかったりする。
ただ大人は理由を求めるので、それらしい回答をもらえると、納得する。

本当は、単純なものではなく、理由を一つに絞れなかったり、言葉にすることが難しかったりする。

大きな問題があった時にも、「はっきりして欲しい!」という声も大きくなる。
専門家でもわからない、予測できないような問題もあるし、確率というものもある。

理由を知ることで人は安心するが、単なる言葉であって、それを鵜呑みにする。
その理由にいたる理由はまでは感がずとりあえず安心したいだけのようだ。

コナン君のような探偵物もそうだ。

種明かしで必ず動機を伝える。
動機なき犯罪は怖いので安心するために動機を用意する。
犯人も自分の理由を話安心し、聞く方もそれで安心する。

はっきりしているというのは、浅いということではないか?

自分がどんな人間か、何が好きか嫌いなのか、解ってしまったらそれで終わり。
それ以上はもうない状態だ。

深みがある、すごいなと思う人は、計り知れなさや、自分にはその人の本質など、わからないときに思うのではないか?

物事を断定しない慎重さが「深さ」であり、
意見を変えない、決まった頑固さのようなものが「浅さ」

僕もプロテイン最高!
というポジションを取っていますが、もちろん覆れば、意見を変えます!
それにすべての人に最良の方法であると言っているわけでもないです!

自分で考え判断しましょう!!

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