【自己啓発の罠】いくら自己改善しても幸せにはならない

いくら自己啓発を頑張っても幸せにはならない LIFE

おはようございます!なべっちです

自分をより良くしたい。今よりマシになりたいと考えて日々努力されている方も多いと思います。

僕自身、そんなだめな自分でも少しずつ改善しようと思っていて、客観的には何もしていないようなレベルですが自分では、できることをやろうとしています。
(自分は何もできないので、やれることをやっていると思っています)

今では受けれ入れていますが、こんな自分は改善していかなくてはいけない。ゆっくりしている時間もなぜこんな自分がゆっくりなんてしてしまっているんだという後悔やできていないことへの不甲斐なさとか意味なく自分を責めたりしていました。

以前も幸せと満足は違うということに書きましたが、今回も自己改善の先に幸せがあるわけではないことをお伝えします

いくら自己改善に励んだところで、より良い人生は手に入らない

レオ・バボータ氏「常に自己改善をしなくてはならないという脅迫観念をどう克服したか」という記事を書きました。

記事にはマラソンを走り、レンガを詰めたバックパックを背負い、障害物のあるコースを10時間走り、プログラミングを学んだけれども、人生はちっとも良くならなかった。

「いくら自己改善に励んだところで、より良い人生は手に入らない」ということが書いてありました。

世の中はファクトフルネスで述べられているように良くなっています。

しかし人生に渇望を覚えている人の数は増加し、昔よりも自己改善、自己啓発のために倍以上の金額をかけるようになりました。(収入は以前の世代よりも減っているのにもかかわらず)

世の中は良くなっているのにも関わらず、うつ病や不安障害の患者も増えています。

まとめ:自己改善は、自己満足には間違いなくつながるが幸せはまた違う

健康のために何かすること、朝活をして勉強すること、運動して身体を作ることはいずれもやりがいがあり、いいことであるのは間違いないでしょう。

「努力すれば何かを得られる」と考え僕たちは努力します。 僕たちは何を期待しているのでしょう。

もし何かを達成したら幸せになると考えたらいくら努力して、何かを手に入れたり、達成しても幸せは感じることは難しいでしょう。

給料が上がった、車を買った、ダイエットに成功したなど目標を達成してもいっとき幸福感を感じるかもしれませんが、また渇望が始まるのではないでしょうか?

Facebookの初代CEOショーン・パーカ氏は人間心理の脆さは経済のパンとバターと例え、商品の広告は「良い」ではなく「もっと」「より良い」「より早く、新鮮な、強い、軽い」とより良くで溢れているといいます。

より良いには今より幸福になるのではないか?という予感を生みますが幸福は「所有」できません。

僕も幸せと満足は違うと知人に言われました。

どうすれば幸せになれるのか?という自問をやめ「どうあるべきか」を自問すべきだとライダー・キャロル氏はいいます。

もちろん、これからも自己改善はしていくと思いますが、自分が何が幸せなのか、自己満足のようにいくら達成してもキリがない状態になっていないかなど考えてみましょう。

幸福学について学んでみると面白かったりします

ではまた!

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